甘くて、やさしい理由
「もう、無理しないでいいからね」
その言葉だけがやけに覚えている。
スミレはデザイン事務所の退職届を提出したあと、電車に揺られて海沿いの町へ向いていた。 都会の喧騒から離れた、小さなアパート。
大きな失敗も、派手な別れもなかった。ただ、何も描かれていなかった。
筆を持っても、何を描いても空っぽに見えた。
「描くのが好き」だったあの感覚は、いつから消えてしまったんだろう。
春の光に包まれた町には、何かが眠っているような静けさがあった。
その日、スミレは道の途中で古びた小屋を見つけました。
「こどもアトリエ」と書かれた看板。ガラス戸の向こうでは、何人の子どもたちが筆をふるっていた。
「あの、見学だけ……いいですか?」
声をかけると、柔らかな髪を後ろで束ねた年配の女性が微笑んだ。
「どうぞ。遠慮しないで、描いてみたら描いてみてね」
テーブルの上には、紙とクレヨン。 小さな手のびのびと線を走らせます。
ある子がスミレに見せてくれたのは、赤と緑のまだらな点がいっぱいの、ぐにゃぐにゃした形。
「これ、なあんだ?」
「……うーん、火山?」
「ちがーう! いちご!」
その瞬間、スミレが吹き出されました。
クレヨンの赤は鮮烈で、だけど穏やかで、懐かしい。
「結局ね、春になるといちご狩りを描くの。だって、甘くて楽しいから」
「甘くて楽しい」——なんて、まっすぐな理由だろう。
何かが、心の奥でふっと安心した。
翌日から、スミレはアトリエに通うようになった。手伝いを口にして、実はもう一度「描きたい」を探していた。
壊れた絵は、自由だった。線も色も混ざっていて、なんともなかった。
彼女は少しずつ、スケッチブックを開いてみよう。
ある日、ひとりの女の子が言った。
「スミレ先生って、いちご描かないの?」
「……どう?」
「ぜったい似合う。やさしいし、ちょっとさみしそうなこともあるから」
言葉に詰まった。
のことを、こんな風に見てくれる目が、まだあったのか。
その夜、スミレは紙の上に一つの形を描きました。
小さくて、不ぞろいで、でも真っ赤に実った果実。
ふわふわが笑うときのような色。
涙が乾いたあとのような線。
そして、そのまわりにそっと背景色を流しました。
柔らかなピンク。
まるで、甘い春の午後の空気。
そのとき、やっと気づきました。
描きたかったのは、うまい絵じゃなかった。
心に触れるやさしい音——それが、「春を描く音」だったのだ。
展示会の日。アトリエの子どもたちが、店の奥でいちご柄の布を見つけて騒いでいた。
「わー!たのが描いたと似てる!」
「こっちのいちご、にっこりしてる!」
「なんか、おいしそう〜!」
スミレが笑いながら少しと、ひとりの子が布を指差して言った。
「このいちご、笑ってるよ。スミレ先生みたい~。やさしいから、いちごもにこにこしてるの~」
スミレは驚いたように大きく開き、それからふわりと微笑んだ。
苺柄は、ただの模様じゃない。描き消えた日々も、名前のない気持ちも、小さな子供の手と声が、そっと拾い上げてくれた。
まるで、春の午後に届いた、小さな手紙のようだった。
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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。
模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
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衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
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