フローレ・アニマ
海沿いの街に、カリナという名の女性がいた。
髪は風になびく小麦色、目には夕焼けを映したような赤みが差し、どこか熱を帯びた存在感を放つ人だった。
カリナは街の高台にある古いアトリエで、毎朝キャンバスに向かって絵を描く。だが最近、その筆は止まったままだった。
「色が逃げていくの」
そうつぶやいたカリナの声は、まるで誰かに届くのを拒むように小さかった。
彼女の作品は、かつて“風を描く画家”と呼ばれたほど、動きとエネルギーに満ちていた。だが、ある日から、筆を走らせても形が崩れ、色は濁るばかりだった。
ある朝、カリナは港で一人の少女に出会う。名はリタ。彼女は野鳥の観察に来ていたらしく、双眼鏡を首から提げ、鮮やかな羽のスケッチをノートに描いていた。
リタの目は獲物を狙う鷹のように鋭く、それでいて、なにか無垢な火花を宿していた。
「見て、これ。ホオジロヤブコウモリっぽいんだけど……ちょっと違うかも」
リタは興奮気味にスケッチを見せた。そこには、赤、黄色、青、緑の筆致が荒々しくも美しく踊っていた。
カリナの胸に、なにかが走った。何年も感じなかった、内側から湧き上がる鼓動。
「それ、すごく…生きてるみたい」
その日から、二人は毎朝会うようになった。
カリナはリタの描くスケッチに触れながら、再び色彩に対する感覚を研ぎ澄ませていった。リタは絵を描くのは趣味だと言ったが、彼女の筆は、風の動きや鳥の羽ばたきを感じさせる不思議な力を持っていた。
ある日、リタは突然言った。
「カリナさんの絵、見てみたいな」
カリナは戸惑った。けれど、アトリエに招くことにした。扉を開けたとき、リタの大きな目がキラキラと輝いた。
「ここ、風が見える」
その言葉に、カリナは震えた。自分の中にまだ風が残っている——そう思えたのだ。
翌日、嵐が来た。風は木々を唸らせ、海の色を鉛に変えた。リタは姿を見せなかった。翌日も、そのまた翌日も。
彼女の家を訪ねると、リタは入院していた。持病が悪化し、しばらく動けないのだという。カリナはベッドの脇に座り、リタのスケッチブックを開いた。
そこには、鳥たちの羽ばたきとともに、カリナの笑う横顔も描かれていた。
「カリナさんは、ちゃんと風の中にいたよ」
リタの声は微笑みと一緒に震えていた。
カリナは再びアトリエに戻る。嵐の後の澄んだ空気を吸い込み、キャンバスを広げた。
迷わず、黄色、赤、青、緑を手に取る。
筆が踊る。
風が渦巻く。
鳥が舞う。
花が咲く。
リズムが、命が、再び彼女の中に宿った。
完成した絵は、羽ばたく鳥のようでもあり、爆ぜる花火のようでもあった。抽象と具象のあいだで、ただただ生命が跳ねていた。
まるでリタが風に乗って、この色を運んできたかのように。
数ヶ月後、個展が開かれた。そこには「Flore Anima(フローレ・アニマ)」と名付けられた連作が展示され、多くの人がその鮮烈な色彩に目を奪われた。回復したリタも、カリナのそばで静かにその光景を見つめていた。
「風って、目に見えなくても、感じられるんだね」
「うん。そして、色にもなれる」
ふたりは笑った。風は今も、海から丘を抜け、アトリエの扉をやさしく揺らしている。
風のように、色のように——命は、見えなくても、確かにそこに息づいている。
Highlight your values, products, or services
Highlight your values, products, or services
Highlight your values, products, or services
Highlight your values, products, or services
Size guide
フローレ・アニマ





Collapsible content
描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。
模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
それを知ったとき、着ること、持つことへの意識が少しずつ変わり始めます。
やさしく、永く、大切にまとう
衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
必要なときだけ洗い、手入れをしながら長く着ること。
それは、水やエネルギーの消費を抑え、自然環境を守る小さな選択です。
服と向き合う時間が増えるほどに、暮らしもまた美しく整っていきます。