点火
静まりかえった屋上に、風がひとすじ吹き抜けた。
空は藍に近い灰色、下にはまだ、夕焼けの名残がくすぶっている。
コンクリートの縁に背を預けた灯(あかり)は、黙って足をぶらつかせていた。
「来たんだ」
その声に、凛(りん)は少しだけ目を細めた。
遠くで自分の名前を呼ばれたような、そんな音のする声だった。
「最後に話しておこうと思って」
「別に、最後じゃなくても話せるでしょ」
灯は目を合わせない。
凛は肩をすくめる。
「まあ、そうだけど。今がそのタイミングだと思ったの」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
その沈黙は、冷たいわけじゃない。
ただ、ずっと放置されていた火薬のようなものだった。
「私ね」灯が言った。
「あんたのこと、嫌いだった」
凛は、驚かなかった。
ただ、「知ってたよ」と静かに答えた。
「全部、まっすぐで、なんでもできて、黙ってても好かれて。
あんたは目をそらしたくなるくらい眩しくて。むかついたよ・・・。」
風が、再び吹いた。
言葉のあとに残った空気が、火花のようにぱちぱちと揺れている。
凛はポケットに手を入れたまま、ふと目を上げた。
「でも、それって私に対してじゃないんじゃない?」
灯の瞳が、ぐっと揺れた。
「えっ?」
「だって……」
凛は空を見上げた。
「今のあんた、すごく綺麗に怒ってる。ちゃんと、私に向かってる。それって、自分の中で燃えてる炎を人に見せてるってことでしょ」
灯は、思わず笑ってしまった。
乾いた笑いだった。けれど、その奥には確かに何かが燃えていた。
「ほんとに、あんたって人は」
そう言って、灯は立ち上がる。
「私、こうやってくすぶったまま終わるのかって思ってた。でも今、ちょっとだけ火がついた気がする。
派手に燃えるとかじゃなくて、芯の奥の、誰にも見えないところで。……それが嬉しいの、たぶん」
凛は、何も言わずふわりと笑った。自分がここに来た意味を実感しているようだった。
沈みかけた夕陽が、ふたりを照らした。
その光は、コンクリートの影に、黄色く放射状の模様を描いた。
まるで、誰かが仕掛けた「心の花火」のように。
「じゃ、行くね」
凛が背を向ける。
「待って」
灯の声が追いかけた。
凛が振り返ると、灯はただ一言、言った。
「ありがとう。あんたのこと嫌いで、よかった」
その瞬間、ふたりの間にある“火”が、ふっと宙に舞った。
それは誰にも見えないけれど、その瞬間、確かに咲いた。
火花草のように。
一瞬のきらめきが、永遠になるその瞬間だった。
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