霜花(そうか)の日
「明日、雪が降るかもね」
志帆(しほ)は、マグカップから立ちのぼる湯気を見つめながら言った。
向かいの椅子に座る千遥(ちはる)は、白い息をそっと吐いてうなずいた。
古びた喫茶店の窓には小さな霜の花が静かに咲いていた。
忘れかけた記憶の欠片のように。
ふたりが最後に話したのは、三年前の冬だった。
高校時代からの親友。志帆は地元に残り、花屋を継いだ。千遥は都会でデザイナーになった。
時間は流れ、会話は次第に減った。理由なんて、よくあることだった。
「……あのとき、ごめんね」
志帆の言葉に、千遥は指先を止めた。コーヒーのスプーンがカップの縁でカチンと音を立てた。
「ううん、私こそ。ちゃんと話せばよかったのに」
そうしてふたりは、今まで口に出せなかったものを、少しずつ、ほどいていく。
言葉は窓辺の霜の花が解けていくように、静かに少しずつふたりの離れてしまった心を溶かしていく。
喫茶店を出る頃には、外は夕暮れの気配をまとい始めていた。空気は澄みきり、街の音が遠く聞こえる。
「もう少し、歩かない?」
志帆がそう言い、千遥がうなずく。ふたりの足音が、凍った舗道にコツン、コツンと響く。
手袋越しの指先が触れ合い、少し笑う。
公園に着くころには、空から雪が静かに舞い始めていた。最初のひとひらが、千遥のコートの肩にそっと降りた。
「……雪、ほんとに降ってきたね」
志帆は空を見上げる。薄墨をにじませたような雲の隙間から、光が漏れている。その光のなか、降る雪はまるで紙の上に描かれた幻想の花のようだった。
「東京では、あまり雪、見ないから。……懐かしいな、こういうの」
千遥の声が少し震えていたのは寒さのせいだけではなかった。志帆も同じように感じていた。会えなかった時間を埋めるには、言葉よりもこの静けさがちょうどよかった。
ふたりはそのまま、何も言わずに並んで座った。公園のベンチに腰掛け、冬の花が静かに咲くのを見ていた。
「そういえば」
千遥がふと、思い出したように口を開いた。
「前にね、霜の結晶をモチーフにした生地を作ったの。和紙に墨を垂らしたみたいな、不思議な柄でさ。志帆に見せたら、きっと気に入ってくれるって思ったんだ。」
「……見たいな、それ」
「今度、送るよ。春になる前にね。」
その言葉に、志帆はうなずいた。まるで、その柄がふたりの思い出を結晶にしたような気がしていた。触れたらすぐに溶けてしまうけれど、確かにそこに咲いた“雪の花”。
やがて、空は完全に夜に変わる。街灯の光が雪に反射して、足元にやわらかな模様を描いていた。志帆はそっと立ち上がる。
「ねえ、またここで会おうよ。雪が降ったら」
「うん。手紙はもう必要ないよね。雪が合図ってことで、いいよね?」
ふたりは笑った。まるで、幼い頃に戻ったみたいに。
白い雪のなかで、柄にもない約束を交わした冬の日。
霜のように儚く、でも確かに心に残る一日だった。
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霜花(そうか)の日





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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
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