ベンダー RYOURAN

風がなぞる場所

説明

5時。まだ空は群青に沈み、音のない世界に、風だけが微かに動いていた。
千佳(ちか)は靴のかかとを地面に擦りながら、ゆっくりと歩き出す。祖母の家へと続く、林道の入り口。
この道を歩くのは、十年ぶりだった。

祖母が亡くなったのは、先月のこと。
身寄りがほとんどない千佳は、遺品整理と家の処分を任されていたが、なかなか重い腰を上げられずにいた。
「今さら行ってどうするの?」
そう自分に問いかけながらも、足はなぜか確かにその場所を目指していた。

坂を登る途中、ふいに風が木々を揺らした。
白い草の穂が、茶色く乾いた地面に影を落とす。その一瞬の揺れが、なぜか彼女の胸に触れた。

――祖母と過ごした夏の日、庭で拾った石にチョークで線を描いた記憶。
白い粉が指に残り、土の匂いと混じっていた。
「失敗してもいいの。風が全部持ってってくれるから」
祖母はそう言って笑った。

家の鍵を開けると、古びた木の香りが身体を包む。
静かで、やわらかくて、まるで森そのものが眠っているかのようだった。

奥の和室に置かれていた木箱。
開けると、中には一冊のスケッチブックと、削られたチョークが何本か並んでいた。
ページをめくると、黒地に描かれた白と茶の線。
それは風に揺れる草、岩に残る爪跡、あるいは消えかけた記憶のようだった。

……描いてたんだ」

祖母は、庭で拾ったものに色をつけては、何かを残していた。
その線はきれいに整ってはいない。でも、どれも命の鼓動のようなリズムを持っていた。
ざらざらとした質感。
指先でなぞると、その粗さが、妙に心地よかった。

千佳はスケッチブックの余白にチョークを走らせた。
思い出すように、手を動かす。
白い線が、黒い紙の上を走る。まるで、風の音をなぞるように。

「形なんかなくていい。ただ、そのときの空気を描くのよ」

祖母の声が、風にまぎれて耳の奥で響いた気がした。
白と茶の線が重なり合い、少しずつ、黒のなかに浮かび上がる。
何を描いているのか自分でもわからなかった。けれど、不思議と涙が滲んだ。

描き終えたあと、千佳は深く息を吸った。
空気が、すとんと胸の奥に落ちる。
外に出ると、朝日が木の影を伸ばしていた。
風が、さっきより少し強く、草の上をすべっていく。

地面に落ちた木漏れ日のなかで、白と茶の色がゆれていた。
それは、祖母がこの場所に残した気配そのものだった。

帰り際、千佳はそのスケッチブックとチョークをバッグにしまった。
もう家は処分する。けれど、この線たちは、連れて帰るつもりだった。
粗くて、不完全で、でも確かにあたたかい線。
それは、自分のなかの風がなぞった場所を、もう一度見つけ直すような感覚だった。

風が草を揺らす。
ひとすじ。すれるような音を立てて・・・
その音が、どこかでまた、線を引いていた。

通常価格 ¥15,000 販売価格 ¥15,000
税込み。 
Size 2XS
在庫あり: 9999

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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。


模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
それを知ったとき、着ること、持つことへの意識が少しずつ変わり始めます。

やさしく、永く、大切にまとう
衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
必要なときだけ洗い、手入れをしながら長く着ること。
それは、水やエネルギーの消費を抑え、自然環境を守る小さな選択です。
服と向き合う時間が増えるほどに、暮らしもまた美しく整っていきます。