ネレイダの標本室
「その花、まだ名前がないんだって。」
そう言って、ミオは青い花を瓶に入れた。
蒼く、細長く、先端が淡くほつれた葉のような花弁。
それはまるで、水の中で呼吸しているようだった。
この研究施設は、通称《標本室》と呼ばれている。
正式には「仮想植生観測研究所」。
―海の底に実在するはずのない“植物のような存在”を記録する場所。
ミオが目を覚ましたのは、ちょうどその標本室の第七区。
窓の外には、海ではない何かが揺れていた。
水でも空気でもない、でも確かに“流れている”もの。
「ようこそ、ネレイダの標本室へ」
声の主は、青い髪を持つ青年だった。
どこか人間のようで、どこか人間じゃないような。
「私はキル。記憶を編む係だよ」
「記憶……?」
「この部屋に集まる植物は、誰かが失った感情のかけらから咲くんだ」
「それって、私の…?」
ミオが言いかけると、瓶の中の花がかすかに震えた。
「たとえば君が、誰かを忘れようとした時、
または、忘れたくなかったのに消えていった時、
その空白の中に、花は咲く」
キルは標本棚のひとつを開けた。
そこには、無数の青い模様が、織り重なるように広がっていた。
柄はすべて異なりながら、どれも“風が水面をなでた跡”のように、ゆるやかな曲線で構成されていた。
凍った時間。たなびく記憶。夜明け前の声。
ミオの心に、ひとつの風景が差し込んだ。
蒼い空の下、走り抜けた校庭。
誰かの笑い声。
取り戻せないはずの、春のにおい。
「これ……全部、忘れられた思い出なの?」
ミオが尋ねると、キルはふっと微笑んだ。
「違うよ。これは、忘れられなかった記憶の、最終形なんだ」
その瞬間、棚の奥から風が吹いた。
空気のないはずのこの空間で、なぜかスカートの裾が揺れた。
それは風ではなく、記憶が動いた気配だった。
布のようにしなやかな花弁が一斉に舞い上がり、ミオの身体を包んでいく。
彼女の足元から、スカートの裾が青く染まりはじめた。
スカートに見えていたそれは、無意識のうちに閉じ込めていた、幾重にも重なった想い――
名もなき思念が、模様となって可視化されていく。
キルが静かに言った。
「君の中に咲いてた花だよ。ようやく名前を持てるね」
ミオは、柄に指を触れた。
風を感じた。
揺らぎがあり、静けさがあり、そして――希望があった。
それは「忘れたくない」を超えて、「もう一度、会いたい」と願う気持ちだった。
ミオが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
研究施設?儚い夢・・・
だが、彼女のワンピースには、蒼く、風のような模様が揺れていた。
青は、記憶の色。
風は、想いの輪郭。
『ネレイダの標本室』は、存在しないはずの感情が、形を持つ瞬間の物語。
洋服に浮かび上がった柄は、忘れられなかった感情が咲かせた“深心の植物”。
それは世界にただ一つ、身に着けることで蘇る“記憶の花”である。
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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
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