花が見た夢
「きっと、君はもう忘れてるよね」
夜明け前の静かな空を見上げながら、アオイは呟いた。
街の輪郭がまだぼんやりとしか見えない時間。ラベンダー色に染まった世界に、白い息がにじむ。
彼女の手には、一枚の古いインスタント写真。
そこには、数年前の彼──ユウの笑顔と、風に舞う白い花が写っていた。
ふたりが出会ったのは、大学の文化祭だった。
「この服、君が選んだの?」
アオイが着ていたのは、ラベンダー色のトップスと、白い花の刺繍が入ったスカート。
照れ笑いしながら頷くと、ユウはスマホを掲げて、無言でシャッターを切った。
「…風が通った瞬間、花の影と君の輪郭が重なったんだ。
…うまく言えないけど、ただ、綺麗だった」
そのひと言で、アオイは彼に恋をした。
恋は、ふたりを速く駆け抜けた。
夜の屋上で語り合った夢。朝焼けの中で交わしたキス。
失敗した手料理さえ、笑い合えた時間。
でも、それはあまりにも繊細で、軽く、まるで空に浮かんだ綿毛のように、ある日ふと離れてしまった。
原因は些細なすれ違い。
だけど誰も、それを「終わり」と口にすることはできなかった。
「お互い、もう前に進もう」
最後の言葉だけが、やけに現実的で、遠かった。
アオイはそれでも、ユウとの約束だけは守っていた。
「また春になったら、一緒にあの植物園の温室に行こう」──その場所に、ひとりで通い続けていた。
白い綿毛のような花が、毎年静かに咲く場所。
風が通るたび、花びらがふわりと揺れ、まるで誰かの記憶を呼び起こすようだった。
今年の春。花は、例年よりも早く咲いた。
アオイはその日も、写真を一枚撮ってから帰ろうとした──その瞬間。
「…それ、まだ持ってたんだ」
振り向いた先に、そこにはユウがいた。
記憶の中の彼より少し背が伸びていて、でも変わらない笑顔だった。
「俺も、あの時のこと、ずっと忘れられなくて。…ちゃんと謝りたかった」
風が吹いた。ふたりの間に、花が舞う。
まるで、長く止まっていた時間が、やっと動き出すように。
「遅くなって、ごめん。…君がいないとダメだった。ずっと・・・」
言葉は震えていたけれど、アオイの心に確かに届いた。
張り詰めていたものが、やわらかくほどけていく。
その日の空は、ラベンダー色だった。
ふたりは並んで温室を歩いた。
白い花々は風に揺れ、まるで空から見下ろす夢のような景色を描いていた。
シャッター音が響く。
今度はアオイがカメラを構えていた。
そして、花のなかに立つユウを見て、そっと微笑んだ。
「ほら、また。君と花が重なったよ。」
その言葉に、ユウも微笑み返す。
ふたりの影が、朝の光のなかで、ゆっくりと重なっていく。
──それは、ずっと心の奥に咲き続けていた“忘れられない花”が、
もう一度咲き直す、ささやかで強い、愛の物語だった。
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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。
模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
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やさしく、永く、大切にまとう
衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
必要なときだけ洗い、手入れをしながら長く着ること。
それは、水やエネルギーの消費を抑え、自然環境を守る小さな選択です。
服と向き合う時間が増えるほどに、暮らしもまた美しく整っていきます。