火の歌
夕暮れの港町に、ユリカは戻ってきた。
十年ぶりの帰郷だった。潮風はあの頃のまま塩辛く、船の汽笛は遠くから胸の奥をノックする。駅前のバスロータリーで立ち尽くすユリカの頭上には、赤い夕陽が黒い海を焦がすように沈んでいった。まるで空そのものが燃えているかのようだった。
「……やっぱり、帰ってきたんだな」
そう呟いたのは、ユリカの幼馴染・レンだった。黒いジャンパーの襟を立て、変わらぬ低い声で彼は笑う。
「ただいま、レン」
言葉を交わす間もなく、ふたりの沈黙を破るように、漁港の向こうで何かが爆ぜた。
古びた造船所が解体されていた。鉄が引き裂かれる音。クレーンの影。空が、オレンジと黒で塗り潰されていた。
高校三年の夏、ふたりは夜の海辺で秘密を分け合った。
ユリカは画家になりたいと告げ、レンは「この町を燃やしたい」と笑った。
「この景色が嫌いだった。何も変わらないこの町も、俺自身も。ユリカだけが違った。お前の描く絵だけが、燃えてた」
「燃えてた?」
「うん。夜を裂く炎みたいだった。真っ黒な中で、唯一、熱を持ってるものだった」
その言葉を最後に、ユリカは町を出た。
都会で絵を学び、個展も開いた。けれど、あの絵は描けなかった。
レンが言った“燃えてた”絵——あの夏の色、あの衝動は、どこかに置いてきてしまった。
「見せたいものがある」
港の裏、かつて廃工場だった一角に、レンが導いたのはアトリエだった。薄暗い倉庫の壁一面に、燃え上がるような抽象画が連なっている。赤、黄、そして黒。烈しくぶつかり合う色彩。まるで溶岩が吹き出したかのような、混沌と美。
「これ、全部……レンが?」
「溶接工を辞めてから、描きはじめた。最初は鉄に火をつけるように、ただの爆発だった。でも——お前の色を思い出してから、描き方が変わったんだ」
ユリカは、言葉を失った。
その絵は、まさしくあの頃の彼女が描こうとした、でも描けなかった“感情のかたち”だった。混沌と衝動。怒りと希望。熱と破壊。そして、愛。
「……ありがとう。描いてくれて」
「違うよ。俺は、燃やしたかっただけだ。町でも、過去でも、自分でも・・・。でも今は、残したいと思うようになった。
——お前の残した色が、頭から消えないから」
それからの日々、ユリカはレンのアトリエでひとつの壁を借りた。
ふたりは隣で描いた。互いの色が交じり合い、はじけ、ぶつかりながら、新しい模様が生まれた。
黒の中に差す赤は憤り、黄色は希望。ときに火花のように、ときに炎のように。
夜遅くまで描いた帰り道、ユリカは空を見上げる。
夜の闇に浮かぶ街灯の光が、燃え残った焰のように瞬いている。
「ねえ、レン。あの時あなたが“燃えてた”って言った絵。あれって……もしかして・・・」
レンは黙って笑う。そしてぽつりと言った。
「お前は、最初から、炎だったんだよ。俺を燃やして、世界を変えた炎」
ユリカが再び筆を取った作品は、黒地に赤と黄の爆発するようなエネルギーが走る抽象画だった。
それは“再会”と名付けられた。
激しく、混沌とし、けれど確かにあたたかい。あの頃の夜と、今の光が重なった色。もう、迷わない。彼女の中に再び燃え始めた“衝動”は、今度こそ誰かを焼き尽くすのではなく、照らすためにあった。
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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。
模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
それを知ったとき、着ること、持つことへの意識が少しずつ変わり始めます。
やさしく、永く、大切にまとう
衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
必要なときだけ洗い、手入れをしながら長く着ること。
それは、水やエネルギーの消費を抑え、自然環境を守る小さな選択です。
服と向き合う時間が増えるほどに、暮らしもまた美しく整っていきます。