土の声を聞く町
「この道、まだあったんだね」
アカネは靴底で乾いた土を踏みしめた。
十数年ぶりに訪れたその町は、驚くほど静かで、けれど、どこか懐かしい匂いがした。
赤茶けた坂道、白く剥がれた壁、そしてところどころに小さな水色の草花。まるで、子どものころの記憶をそのまま風景にしたようだった。
彼女が戻ってきたのは、祖母の家を引き継ぐためだった。
「そっちに戻るなんて、都会の仕事は?」と何度も聞かれたが、アカネにとってそれは自然な決断だった。
祖母が遺した一通の手紙に、こう書かれていたから。
「この土には、声がある。踏めば教えてくれる。“止まってもいい”って」
駅前のカフェもなくなり、商店街はシャッターが下りていた。
けれど町の人々は変わらず、挨拶をすれば顔を上げて「おかえり」と笑ってくれる。
その笑顔に、少しずつアカネの心もほぐれていった。
ある日、祖母の庭に、小さな地割れを見つけた。
気になって土を掘ると、かつて自分が埋めたビー玉がひょっこり顔を出した。
泥にまみれて、でも中央だけがうっすらと水色に光っている。
「こんなところにあったんだ…」
アカネは思わず笑った。ふいに、昔祖母が話してくれたことを思い出す。
「土は記憶してるのよ。泣いたときも、笑ったときも、ちゃんと下に残ってる」
その日から、彼女は庭の一角に、古いレンガと白い石を敷いて、小さなベンチを作った。
風が吹くと、あたりの土がさらさらと舞い、レンガの赤茶と白のあいだに、野草の青がふわりと顔を出す。
まるで、過去の名残と今の息づかいが、そっと寄り添っているようだった。
傷んだ時間も、誰かの思い出も、そしてこれからの希望も、同じ地面の上に静かに共存している。
「ねえ、ここで何かやらない?」
アカネは近所の子どもたちに声をかけた。
「みんなで座って話したり、おやつ食べたり、本読んだり…風の音を聞いたりするの」
いつからか「土の学校」と呼ばれるようになった。
週末ごとに集まって、石を並べたり、草花を観察したり、年配の人が昔話をしてくれたり。
何も教えないし、習わない。けれど、ちゃんと残る。
ふと空を見上げると、風にゆれる洗濯物の端に、水色の布切れが混じっていた。
あのビー玉と同じ色だ、とアカネは思った。
——この町には、忘れられたものがたくさんある。
でも、それは終わったわけじゃない。
少しずつ風にさらされて、赤茶の地面に混ざっていく。
白い静けさの中に、また別の色が芽を出すように。
アカネは、その町の風景の一部になっていく自分を、穏やかに受け入れていた。
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描く、という対話から始まる物語
RYOURANの模様は、すべて手描きで生まれます。
紙の上に筆を走らせる時間は、自然や記憶、心の中の風景と静かに向き合う時間。
こうして生まれた色と柄は、誰かの毎日にそっと寄り添い、心をあたためる存在になっていきます。
手で描くこと。それは人と布をつなぐ、静かな対話です。
模様に宿る文化を、暮らしの中へ
色や柄には、その土地の空気や人々の暮らしが織り込まれています。
RYOURANはテキスタイルを通して、顔の見える物語を届けたいと考えています。
ただの“商品”ではなく、誰かの感性や文化とつながる一着。
それを知ったとき、着ること、持つことへの意識が少しずつ変わり始めます。
やさしく、永く、大切にまとう
衣類を丁寧に扱うことは、地球へのやさしさでもあります。
必要なときだけ洗い、手入れをしながら長く着ること。
それは、水やエネルギーの消費を抑え、自然環境を守る小さな選択です。
服と向き合う時間が増えるほどに、暮らしもまた美しく整っていきます。